耳垢分析の進展:革新的な振動分光技術の検討と診断ツールとしての可能性

Edoardo Farnesi, Matteo Calvarese, Chen Liu, Carl Messerschmidt, MohammadSadegh Vafaeinezhad, Tobias Meyer-Zedler, Dana Cialla-May, Christoph Krafft, Jonas Ballmaier, Orlando Guntinas-Lichius, Michael Schmitt, Jürgen Popp, “Advancing cerumen analysis: exploring innovative vibrational spectroscopy techniques with respect to their potential as new point-of-care diagnostic tools,” Analyst, 2024, DOI: https://doi.org/10.1039/d4an00868e

背景

 近年、疾病の早期発見が求められる中で、ポイントオブケア(POC)診断ツールはその重要性を増している。特に、体液を用いたリキッドバイオプシーは迅速かつ非侵襲的に病態を反映するため、その有効性が広く注目されている。体液としては血液、唾液、尿などが主に利用されてきたが、中でも耳垢(セルメン)は、その保護作用から分析に適した特性を持つ。セルメンは、脂質(60–70%)やケラチンを含むタンパク質(20–30%)から成り、非侵襲的に簡単に採取でき、他の体液よりも汚染の影響を受けにくく、保存期間が長いという特長がある。
 従来、セルメンの分析はその物理的な特性(色、質感、臭気など)に限られていたが、近年では振動分光法が生体サンプルの非侵襲的で高感度な分析ツールとして登場してきた。特に、ラマン分光法や表面増強ラマン分光(SERS)、コヒーレントラマン散乱(CRS)、さらに光熱赤外(OPTIR)分光法などが、セルメンの詳細な分子特性の解析においてその有効性を示している。これらの手法を用いることで、セルメン内の脂質やタンパク質の存在を確認し、その診断的価値を探索することが可能となってきている。OPTIR分光法は、蛍光バックグラウンドの影響を受けにくく、Raman分光法を補完するデータを提供することができる。これにより、セルメンの分子構造の解明が進み、POC診断法としての応用が期待されている。

技術の問題点

 しかし、ラマン分光法はラマン信号が弱く、バックグラウンドノイズに埋もれてしまうという問題がある。そのため、特に低濃度のバイオマーカーの検出感度が低いという制約があった。また、従来のセルメンの分析方法では、主に物理的特性に基づいていたため、セルメンの持つ潜在的な生化学的情報を十分に引き出すことができなかった。さらに、非線形ラマン法(CRS)では、サンプル中の散乱物質の密度に対して非線形の依存性を示し、定量的な分析が難しいという問題もある。

解決方法と結果

 そこで、本研究では、セルメンの分子特性を明らかにし、その診断的価値を高めるために、複数の振動分光技術を統合的に使用することを提案した。具体的には、ラマン分光法、SERS、CRS(特に広帯域CARSおよびSRS)、およびOPTIR分光法を組み合わせて用いることで、セルメンの複雑な分子構造を解明した。SERSにより、従来のラマン分光法では検出が困難であった弱い信号を増強し、特に脂肪酸やケラチンなどの生体分子を高感度で検出することが可能となった。また、CRSを用いることで、脂質とタンパク質の含有比率を評価することができ、疾患特異的な分子マーカーの検出が期待される。
 OPTIR分光法は、ラマン分光法で得られない分子振動(例えば、ヒドロキシル基やカルボニル基、アミド結合)の情報を補完する役割を果たし、特に水の影響を受けないため、生体試料の分析に有用であることが示された。これにより、セルメン内の脂質とタンパク質の空間的な分布を高解像度で可視化することができた。
 Cobolt社の785nmレーザーは、OPTIR分光法においてサンプルの赤外光の吸収を反射モードで高精度に測定するために使用された。このレーザー発振器の使用により、非侵襲的で高解像度の分析が可能となり、特に細胞や組織の診断において高い有効性が確認された。
 この研究の結果、複数の振動分光法を統合することで、セルメンの生体内での機能や診断的意義をより深く理解することが可能となり、新たなPOC診断法としての応用可能性が示された。今後、これらの技術を用いて、より大規模な臨床試験を通じて様々な健康状態のセルメン分析を行い、その診断的有用性を検証することが期待されている。

各分光法の比較

使用されたCoboltのレーザー

785nmレーザー MLD785