Yuan, T., Riobo, L., Gasparin, F., Ntziachristos, V., Pleitez, M.A., “Phase-shifting optothermal microscopy enables live-cell mid-infrared hyperspectral imaging of large cell populations at high confluency,” Sci. Adv. 2024, 10, eadj7944. https://doi.org/10.1126/sciadv.adj7944
背景
従来の振動分光ベースの顕微鏡技術は、細胞や組織の分子の振動遷移を利用して、ラベル不要の化学コントラストを得ることができる。その中でも、コヒーレント反ストークスラマン散乱(CARS)や刺激ラマン散乱(SRS)、中赤外(Mid-IR)顕微鏡は、細胞や組織に対する非侵襲的なラベルフリーのイメージングを可能にし、生体内の化学的な情報を高解像度で捉えることができるため、近年急速に研究が進められている。特に、ハイパースペクトル画像を取得することで、異なる脂質やタンパク質、糖質などの生体分子群を識別することが可能となり、これにより細胞の代謝過程を外部の蛍光標識を使用せずに観察することができる。
BSTP(Bond-Selective Transient Phase Imaging)やMV-QPI(Molecular Vibration-Sensitive Quantitative Phase Imaging)など、広視野での中赤外光熱効果を利用した高速なハイパースペクトルイメージング技術が開発され、24フレーム/秒を超えるビデオレートでのラベルフリー中赤外イメージングを実現している。また、これらの技術は、広視野での光熱効果を利用することで、高速かつ高感度な分子コントラストの取得が可能である。このような背景から、振動分光顕微鏡技術は、生体内の化学的変化を迅速に捉えるために重要な役割を果たしている。
従来の問題点
しかし、これまでの振動分光イメージング技術では、高コンフルエンスの細胞集団を大きな視野で高速に撮影することが難しかった。例えば、BSTPやMV-QPIでは、高速なラベルフリーの中赤外ハイパースペクトルイメージングを実現しているものの、その視野は10〜50 μmに制限されており、大規模な細胞集団を捉えることができない。また、中赤外ハイパースペクトルイメージングにおいては、従来の機械的走査により長時間の露光が必要であり、これが細胞への光損傷のリスクを増加させる問題があった。さらに、広視野のフォーリエ変換赤外(FTIR)顕微鏡も開発されているが、これは主に乾燥した薄い組織片に使用されており、生きた細胞に対しては適用が困難である。これらの技術は、特に広視野での高感度なイメージングが求められる状況において、その限界が明らかであった。
解決方法と結果
そこで、本研究では、フェーズシフト光熱顕微鏡(PSOM)を用いて、高コンフルエンスの細胞集団に対する中赤外ハイパースペクトルイメージングを実現した。PSOMは、広視野励起と偏光ベースのフェーズシフトモジュールを組み合わせることにより、サンプルの大きな固有位相を抑制し、高感度な化学コントラストイメージングを可能にする。この技術により、既存の光熱顕微鏡技術の50倍に達する視野でライブセルの中赤外イメージングを行い、さらに、従来の振動イメージングモダリティで使用される励起パワーフラックス密度(PFD)の1万分の1まで減少させることに成功した。これにより、細胞への光損傷リスクを大幅に低減しつつ、高感度なラベルフリーイメージングを実現している。
PSOMを用いた実験では、成熟した脂肪細胞の脂質滴(LD)の高コンフルエンス下でのイメージングが行われ、従来の技術では観察困難であった大規模な細胞集団に対する定量的な解析が可能であることが示された。さらに、Cobolt社製の532 nmのパルスレーザー(Cobolt 06-Tor)が、サンプル面での偏光状態の変化を読み取るためのプローブビームとして使用されており、光熱効果による分子コントラストの高感度な検出に寄与している。このレーザーは、低パワーでの高感度測定を実現するための重要な要素であり、フェーズシフト光熱顕微鏡の性能向上に大きく貢献している。

使用されたCoboltのレーザー
