Andrea Volpato, Dirk Ollech, Jonatan Alvelid, Martina Damenti, Barbara Müller, Andrew G. York, Maria Ingaramo, Ilaria Testa, “Extending fluorescence anisotropy to large complexes using reversibly switchable proteins.” Nature Biotechnology, 41, 552-559 (2023). DOI: 10.1038/s41587-022-01489-7.
背景
蛍光異方性(FA)は、分子の回転拡散を通じて分子複合体のサイズや環境を解析するための有力な手法であり、特に小分子の結合アッセイやドラッグスクリーニングにおいて高い特異性と感度、ハイスループット性を持つため、生命科学分野で広く使用されている。従来の時間分解蛍光異方性(TR-FA)は、分子の回転を観察する時間窓が蛍光寿命(1〜5ナノ秒)によって制限されているが、この短時間内での分子の動きの変化を高精度で検出できることから、小型の分子複合体(0.1〜30 kDa)の解析に適している。
さらに、近年の光スイッチング技術の進展により、光学的超解像度を達成するSTED(Stimulated Emission Depletion Microscopy)、RESOLFT(Reversible Saturable/Switchable Optical Fluorescence Transitions)、および基底状態枯渇顕微鏡(Ground-State Depletion Microscopy)などの新しい手法が開発され、蛍光異方性を利用した高感度のFRET(Förster Resonance Energy Transfer)アプローチも可能となっている。これらの技術では、蛍光分子のON(発光)状態とOFF(暗)状態の可逆的な切り替えが利用され、分子の動きの詳細な解析が可能である。
従来の問題点
しかし、従来のTR-FA法では30 kDaを超える大きな分子複合体の質量やその結合変化を明らかにすることができない。これは、従来の方法がナノ秒スケールの時間窓内での分子の動きを識別するのに対し、大きな複合体は回転が遅すぎて静止しているように見えるためである。また、リン光や遅延蛍光を利用して時間分解能を拡張することも可能であるが、その場合、長い取得時間、信号の低減、および高い光強度が必要となり、実用性が低い。
解決方法と結果
そこで、本研究では、長寿命の可逆的な分子遷移を利用した新しいアプローチであるSTARSS(Selective Time-Resolved Anisotropy with Reversibly Switchable States)を提案する。STARSSは、可逆的にスイッチ可能な蛍光タンパク質(rsFPs)の長寿命のON-OFF状態(マイクロ秒から分の時間スケール)を利用して、従来のTR-FAの制約を克服し、観察可能な質量範囲を3桁以上拡張するものである。この方法により、従来法ではアクセスできなかった遅い回転拡散の測定が可能となり、クロマチン、レトロウイルスGag格子、および細胞骨格関連タンパク質のオリゴマーなどの大規模な分子複合体の回転運動を細胞内で解析することができた。
また、STARSS法では、ON状態とOFF状態の両方で光選択が可能であり、多様な実装が考えられる。例えば、蛍光分子rsEGFP2やDronpaM159Tを用いることで、30〜100 nmの直径を持つ球状粒子の回転ダイナミクスを測定し、従来のTR-FAの質量限界を数kDaからMDa(メガダルトン)範囲まで拡張することに成功した。これにより、ヒトプロテオーム全体にわたる任意の大規模構造を解析することが可能となった。
使用したCoboltのレーザー
Cobolt社のレーザー発振器(405 nm, 488 nm)を用いた本研究のSTARSS法は、光誘起による分子状態のスイッチングを正確に制御し、高感度かつ広範な質量範囲での分子運動の解析を実現している。


