ユウロピウム添加セリアナノ構造体の形態と構造欠陥に関する知見 ―赤色発光デバイス向け光電子応用に向けて―

Ortega, P. P., Amoresi, R. A. C., Teodoro, M. D., Merízio, L. G., Ramirez, M. A., Aldao, C. M., Malagù, C., Ponce, M. A., Longo, E., & Simões, A. Z. “Insights into the Morphology and Structural Defects of Eu-Doped Ceria Nanostructures for Optoelectronic Applications in Red-Emitting Devices.” ACS Appl. Nano Mater. 2024, 7, 12466–12479. https://doi.org/10.1021/acsanm.4c00875

背景

 固体発光材料は、省エネルギー・高耐久性などの特性から、照明、電子機器、医療、農業など多様な分野で利用されている。とりわけ、赤色LED光は、波長610 nm付近の発光が植物の光合成、発芽促進、成長促進に寄与することから、農業用途でも注目されている。これらの用途に用いられる蛍光体材料には、従来よりCaAlSiN3:Eu2+やSi5N8:Eu2+などの複雑な組成の材料が使用されてきたが、これらは原材料が高価で、合成も複雑である。この点、セリウム酸化物(CeO2、セリア)は、単純な化学組成と高い熱安定性を持ち、固体蛍光体のマトリックス材料として有望である。セリアはCe4+とCe3+の間で酸化還元状態を容易に変化させ、酸素空孔(Vo)を生成することで電子伝導性や光学的特性が向上する。さらに、ナノスケールでの構造制御が可能であり、光ルミネッセンス特性の向上が期待されている。
加えて、希土類元素であるEu3+のドーピングにより、CeO2の赤色発光性能は大きく向上する。Eu3+は5D0 → 7F2遷移によって610 nm付近で強い赤色発光を示し、局所対称性のプローブとしても機能する。このため、Eu3+をCeO2にドープしたナノ構造体は、光電子デバイスへの応用が進められている。従来は溶液法、ソルボサーマル法、ゲル法などを用いた多様な合成法が試みられ、形状制御されたCeO2ナノ構造体が報告されている。

従来技術の問題点

 しかし、従来のセリアナノ構造体の合成研究では、結晶成長過程や形態が光ルミネッセンス特性に及ぼす影響についての知見が限られており、特に結晶対称性や欠陥構造と発光効率の関係性については十分に明らかにされていなかった。また、多くの先行研究では、高温(600℃)での長時間(最大144時間)の処理が必要であり、形態の均一性にも課題が残っていた。さらに、界面活性剤などの添加剤を使用する場合、その影響で結晶成長の指向性が変化し、目的とする形状を安定的に得ることが困難であるという問題もあった。特にナノロッドやナノキューブなどの形状制御においては、オストワルド熟成や配向付着など複雑な成長メカニズムが絡んでおり、再現性のある合成手法の確立が求められていた。

解決方法の提案と結果

 そこで、本研究ではマイクロ波加熱を用いた加圧水熱合成法(microwave-assisted hydrothermal: MAH)により、ユウロピウム8 wt%をドープしたセリアナノ構造体の形状制御と、それがもたらす光学特性への影響を明らかにした。MAH法は、短時間(8分)・低温(100~200℃)・環境負荷が低い条件で、球状、ナノロッド、ナノキューブといった異なる形状のナノ構造体の合成を可能にした。
その結果、温度を上げるにつれて結晶構造の対称性が向上し、欠陥濃度が減少することが明らかとなった。特に200℃で合成したナノキューブは、酸素空孔が少なく、Eu3+の均一分布を示し、赤色発光効率が他の形状に比べて約60倍高かった。これは、(100)面が主に露出することで、Eu3+に適した対称性が確保されたためである。また、蛍光寿命の測定では、結晶性の向上により非放射遷移が抑制され、寿命も延長することが確認された。最長の寿命はナノキューブで591.2 μsであり、球状ナノ粒子やナノロッド(約420~450 μs)に比べて明確な改善が見られた。
さらに、色度座標(CIE1931)においても、ナノキューブは赤RGB原色(0.64, 0.32)に近い(0.63, 0.37)の座標を示し、高純度の赤色発光材として優れた性能を発揮した。Cobolt社製の355 nm励起レーザー(Zoukシリーズ)は、この光励起に用いられ、Eu3+の5D0→7F2遷移を効率的に引き出すための発光源として機能した。

論文で使用されたCoboltのレーザー

355nmレーザーZouk

Eu3+の励起に適した波長を有し、安定した光源としてルミネッセンス測定に貢献した。