Bruni, S., Longoni, M., Minzoni, C., Basili, M., Zocca, I., Pieraccini, S., Sironi, M. “Resonance Raman and Visible Micro-Spectroscopy for the In-Vivo and In-Vitro Characterization of Anthocyanin-Based Pigments in Blue and Violet Flowers: A Comparison with HPLC-ESI-MS Analysis of the Extracts.” Molecules 2023, 28, 1709. https://doi.org/10.3390/molecules28041709
背景
アントシアニンは、水溶性のフラボノイド化合物であり、赤、紫、青といった花弁の色彩の主な要因である。これらは食品産業において天然着色料としての応用に加え、抗酸化作用をはじめとする生理活性により健康機能成分としても注目されている。また、古くから染料や絵画素材として文化遺産分野でも用いられてきた。特に日本の木版画にはツユクサ(Commelina communis)由来の青色顔料が用いられていたことが知られている。アントシアニンの基本構造はフラビリウムカチオンであり、pHによって様々な有色・無色の構造へと可逆的に変化する。pH6~7では紫色、pH>7では青色のキノノイド構造が支配的である。また、アントシアニンはフラボノイドやフェノール酸との非共有結合による共色素効果(copigmentation)により、青色の安定化が図られる。この現象は、π-πスタッキングや水素結合によって構造的安定性を高め、発色の持続性を向上させることが知られている。従来、アントシアニンの分析には、抽出後に行う紫外可視吸収分光法や質量分析(HPLC-ESI-MS)が広く用いられており、構造決定には核磁気共鳴(NMR)法や円二色性(CD)法、X線回折なども用いられている。これらの手法は、アントシアニンの構造や発色機構の解明に多くの貢献をしてきた。近年では、抽出操作による構造変化や損失のリスクを回避するために、花弁上の色素を直接解析するin vivo法が注目されている。特に可視反射分光法や共鳴ラマン分光法は非破壊でありながら、分子の特定が可能であるという利点を持つ。共鳴ラマン分光法では、特定の吸収波長に一致した励起光を用いることで、発色団に関連する振動モードが選択的に強調され、混合物中でも特定成分の識別が可能となる。
従来技術の問題点
しかし、従来のアントシアニン分析手法には、いくつかの問題点が存在する。まず、酸性条件での抽出と分析が前提となるため、pH依存で変化するアントシアニンの多様な構造が正確に反映されない。これにより、本来花弁中で機能している色素状態が評価できない可能性がある。また、HPLCやNMRなどは高価かつ試料量を要するため、極微量成分の同定には適さない場合がある。さらに、複雑な抽出・精製操作が色素の分解や構造変化を引き起こすリスクもある。
解決方法の提案と結果
そこで、本研究では共鳴ラマン分光法と可視反射分光法を併用することで、青色および紫色花弁中のアントシアニン色素をin vivoおよびin vitroの両面から高感度・非破壊的に評価する方法を提示した。特に、457nmの励起波長における共鳴条件を活用して、フラビリウムカチオンやその誘導体の特徴的振動モードを選択的に検出し、構造同定を行った。in vitro評価では、固相抽出(SPE)法を最適化することで、最小限の植物試料から色素を抽出し、HPLC-ESI-MSによりその構造を確認した。対象となった12種の植物(例:ツユクサ、ロベリア、サルビア、アネモネ、スミレ等)から、異なるアントシアニンの骨格および修飾パターン(アシル化、糖修飾、メチル化など)を同定し、これをもとにラマンスペクトルとの対応関係を明らかにした。
さらに、密度汎関数理論(DFT)計算による理論スペクトルとの比較を通じて、スペクトルの解釈精度を向上させた。得られたin vivoスペクトルは、抽出物から得られたin vitroスペクトルと一致しており、共鳴ラマン分光法が色素構造の精密同定に有効であることが示された。また、可視反射分光法との組み合わせにより、色調の再現性および花弁細胞の局所的な色素分布についての評価も可能であった。本研究において使用されたCobolt社製レーザーは、波長457nmの励起光源であり、共鳴条件下でアントシアニンのラマンスペクトルを高感度に取得する目的で用いられた。これは、選択的なクロモフォア振動モードの強調と蛍光バックグラウンドの抑制において効果的であった。以上より、本研究は従来の破壊的抽出分析に代わるin vivo・in vitro両立型の高精度色素同定技術の確立に貢献しており、今後の植物色素の非破壊分析や文化財染料の評価などへの応用が期待される。
