量子エレクトロメーターによる原子格子スケールでの時間分解材料科学

Gregor Pieplow, Cem Güney Torun, Charlotta Gurr, Joseph H. D. Munns, Franziska Marie Herrmann, Andreas Thies, Tommaso Pregnolato, Tim Schröder
“Quantum electrometer for time-resolved material science at the atomic lattice scale.” Nature Communications 2025, 16, 6435. https://doi.org/10.1038/s41467-025-61839-2

背景

電子などの自由電荷キャリアは、現代のスマートフォンやコンピュータなどの電子機器の動作に不可欠な存在であり、特に量子技術においては、極めて高感度かつ低雑音な動作が要求されることから、電荷検出技術の重要性は増している。例えば、イオン型量子コンピュータや超伝導量子ビット、広帯域ギャップ半導体中のスピン量子ビットにおいては、格子欠陥による局在電子状態が量子デコヒーレンスを引き起こし、その性能に大きな制約を与えている。このような背景のもと、単一電子の検出と時間的挙動の解析を原子格子スケールで行うことができる計測技術の確立が求められている。光学的に活性な点欠陥を用いた分光法は、磁気共鳴を用いずに高い空間分解能と電場感度を両立できる手法であり、中でもスズ空孔中心(SnV)は、反転対称性を有し、高次の非線形シュタルク効果に基づく高感度な電場応答特性を示すことで注目されている。このSnV中心は、ダイヤモンドのような固体中に形成可能で、非線形な電場依存性を示す発光遷移を持つことから、原子スケールの電荷変動を精密に読み取ることが可能である。加えて、空間分解能は数オングストローム、電場感度は10⁻⁷の相対感度、時間分解能は60ナノ秒に達するため、時間分解・空間分解の両面において極めて優れた特性を備えている。

従来技術の問題点

しかしながら、従来のエレクトロメーターでは、原子スケールでの単一電荷の時間分解検出が実現できていなかった。既存の窒素空孔(NV)中心や量子ドットを用いた電場センサは、数nm〜数十nmの分解能や数Hz〜kHzの時間分解能を有するが、反転対称性の欠如による線形応答や環境雑音の影響を受けやすいという課題があった。また、磁気共鳴法を併用する手法は測定装置が複雑で、操作性や応用範囲に制限があった。さらに、デバイススケールの電荷雑音やトラップ状態の同定、トラップ間の電荷移動のダイナミクスを、非侵襲的かつ高精度で観測する手法が存在していなかった。これにより、量子デバイスの最適化に必要な材料評価や欠陥同定が困難であり、特に格子欠陥由来のスペクトル拡がりやデコヒーレンスの解析が不十分であった。

解決方法の提案と結果

そこで、本研究ではSnV中心を用いた光学的エレクトロメーターを構築し、非線形シュタルク効果に基づく高感度電場応答を利用することによって、単一電荷の動的検出を実現した。SnV中心のC遷移の光励起スペクトルをフォトルミネッセンス励起(PLE)法により測定し、周囲の電荷トラップ状態に応じたピークシフトからトラップ電荷の有無と位置を推定した。SnV中心の発光遷移エネルギーは、近傍電荷による電場変化により最大30 GHz程度シフトし、複数トラップ状態に対しては独自の光学指紋として観測された。さらに、60ナノ秒ステップの高速読み取りを実現するため、EOMを用いた周波数変調による高速分光(Rapid Optical Read-Out: RORO)手法を開発し、MHzスケールでの単一電荷状態の変化をリアルタイムで追跡可能とした。この方法により、電荷のトラップ・再中性化過程やその確率分布を高時間分解能で取得し、隣接する電荷間の転送ダイナミクスを明らかにした。また、Monte Carloシミュレーションを組み合わせることで、実験で観測された多ピークスペクトルと整合する電荷配置を再構築し、2つの近傍トラップの位置をr₁ = 8Å、r₂ = 11Åと特定した。さらに、離れた位置に存在するトラップ密度は74 ppmと推定され、この密度における電場変動によって生じるスペクトル拡がり(スペクトル拡散)もモデル化された。この解析結果を基に、スズイオン注入後のアニールにより生成される空孔対(二重空孔、V₂)の形成効率を、シミュレーションにより推定し、トラップ密度の起源がSnイオン注入による損傷にあることを明確にした。

Cobolt社製445nmレーザーが、SnVの電荷状態初期化およびトラップ状態の光励起によるイオン化に使用された。これにより、光照射下での電荷移動過程の誘導とそのスペクトルへの影響を高感度で観測することが可能となった。

論文で使用されたCoboltのレーザー

445nmレーザー MLD445
445nmレーザー MLD445