コリスチンとブロック共重合体の複合コアセルベートによる安定な抗菌ナノ粒子の設計

Vogelaar, T. D., Agger, A. E., Reseland, J. E., Linke, D., Jenssen, H., & Lund, R. “Crafting Stable Antibiotic Nanoparticles via Complex Coacervation of Colistin with Block Copolymers.” Biomacromolecules 2024, 25, 4267–4280. https://doi.org/10.1021/acs.biomac.4c00337

背景

 近年、薬剤耐性菌(多剤耐性菌、MDR菌)の増加により、抗生物質の新たな製剤開発が急務となっている。特に、抗菌ペプチド(AMP)は、自然界に広く存在する生体防御因子であり、細胞膜を標的とする作用機序から、従来の抗生物質に対する耐性が生じにくいことが知られている。その中でもポリミキシン系抗生物質の一種であるコリスチンは、グラム陰性菌に対して強力な殺菌作用を持つ。コリスチンは1947年に発見され、当初は広く使用されたが、腎毒性および神経毒性が報告されたため1980年代に使用が制限された。その後、MDR菌の蔓延に伴い再評価され、現在では最終手段として再び医療現場で利用されている。コリスチンは陽イオン性のペプチドであり、陰性に帯電した細菌外膜のリポ多糖(LPS)と選択的に結合することで細胞膜を破壊し、殺菌効果を発揮する。これらの特性から、コリスチンの効果を保持しつつ毒性を軽減できれば、有望な抗菌剤として広く応用できる可能性がある。

従来技術の問題点

 しかし、従来のコリスチン製剤には安定性、水溶性の低さ、ならびに生体内での急速な分解といった問題点がある。これに対処するため、コリスチンを他成分と複合化し、ドラッグデリバリーシステム(DDS)として利用する研究が多数行われてきた。例えば、ヒアルロン酸やキトサン誘導体との結合、リポソームや固体脂質ナノ粒子、PLGAナノ粒子、ナノ構造脂質キャリアへの封入などが提案されてきたが、いずれもコリスチンの化学的修飾や複雑な製造工程を要する。また、従来のDDSでは製剤のコロイド安定性や生理条件下での分解耐性が十分ではなく、薬効の保持が困難であることが指摘されている。特に、抗菌ペプチドの多くはプロテアーゼにより分解されやすく、in vivoでの安定性が著しく低いことが課題であった。

解決方法の提案と結果

 そこで、本研究では、コリスチンと陰イオン性ブロック共重合体であるPEO-b-PMAA(ポリエチレンオキシド−ブロック−ポリメタクリル酸)との間で静電相互作用により形成される複合コアセルベートコアミセル(C3Ms)を用いて、安定なナノ粒子の形成を試みた。C3Msは、陽イオン性のコリスチンと陰イオン性PMAAがミセルのコアを形成し、中性のPEOがコロナ(外殻)を構成することで、コロイド安定性を確保している。本研究では、3種の異なるブロック長を持つPEO-b-PMAA(P1: PEO₄₅-b-PMAA₄₁、P2: PEO₄₅-b-PMAA₈₁、P3: PEO₁₁₄-b-PMAA₈₁)を用い、様々な荷電比(f⁺)においてC3Msの形成と安定性を評価した。

動的光散乱(DLS)および小角X線散乱(SAXS)を用いて評価した結果、f⁺ = 0.50(荷電中和条件)において、最も高いコリスチン封入効率と長期安定性を示すことが明らかとなった。形成されたナノ粒子は直径35〜40 nm程度で、長期保存でも凝集せず、酵素分解耐性や血清タンパク質との非特異的結合も抑制された。さらに、抗菌活性(E. coliを対象としたMIC50およびディスク拡散法)では、自由なコリスチンとC3Msで同等の活性を示し、活性保持が確認された。加えて、ヒト細胞(HEK293細胞、MSC、HUVEC、HGK)に対する細胞毒性試験では、C3Msはコリスチンと同等の低毒性を示し、毒性の増加は見られなかった。酵素(プロテイナーゼKおよびサブチリシン)による分解試験でも、C3Msはコリスチン単独と比較して高い分解耐性を示した。以上より、本研究で開発されたコリスチン−PEO-b-PMAA複合ミセルは、高い安定性と薬効保持性を兼ね備え、既存の問題を解決する新たな抗生物質製剤として、注射製剤への応用可能性を示した。

論文で使用されたCoboltのレーザー

660nmレーザー Flamenco

Cobolt社製レーザー発振器(660 nm, 100 mW DPSS)は、動的光散乱(DLS)測定においてナノ粒子のサイズおよび安定性を高精度で評価するために使用された。