Jones, R.R., Kerr, J.F., Kwon, H., Clowes, S.R., Ji, R., Petronijevic, E., Zhang, L., Pantoș, G.D., Smith, B., Batten, T., Fischer, P., Wolverson, D., Andrews, D.L. & Valev, V.K.
“Chirality conferral enables the observation of hyper-Raman optical activity.” Nature Photonics 2024, 18, 982–989. https://doi.org/10.1038/s41566-024-01486-z
背景
キラリティは、生命の起源の理解や医薬品合成において極めて重要である。特に、抗生物質耐性の拡大に直面する現代において、分子の絶対配置や構造を正確に識別することは、医薬品の安全性と効果の観点から不可欠となっている。こうした背景から、構造にキラリティを持つナノ構造体を利用し、アキラルな分子にキラリティを付与する研究が進展している。キラリティは化学反応系において分子間で転写されるだけでなく、自己組織化ナノ構造などでも生じる。近年では、プラズモン共鳴を持つ金属ナノ構造体が、光学活性を誘起する媒体として注目されており、アキラル分子と組み合わせた構造系によって、新たな光学現象の誘発が期待されている。特に、超分解能分光やラマン散乱といった非線形光学効果は、分子の微細構造を解析する有力な手段である。その中でも、ハイパーラマン散乱における光学活性(Hyper-Raman Optical Activity, HROA)は、1979年に理論的に予測されながら、実験的には未観測であり、長らくその存在が実証されていなかった。この効果の観測は、分子の超分極率に基づく振動モードの詳細な解明を可能にする点で、極めて重要な意義を持つ。
従来技術の問題点
しかし、これまでの研究では、キラルなナノ構造体からアキラル分子へのキラリティ付与が真に内在的なキラリティに起因するものであるかが不明確であった。従来のハイパーラマン散乱実験では、高出力レーザーに起因する熱効果や、偏光の不完全性、さらには試料の配置や回転によって生じる外在的キラリティ(pseudo chirality)の影響を排除することが困難であり、観測された光学活性信号が真に物質固有のものであるか否かを断定できなかった。また、アキラル基板上での測定では、キラリティ転写が起こらず、CID(Circular Intensity Difference)信号も観測されないことが問題として指摘されていた。
解決方法の提案と結果
そこで、本研究では金製のナノヘリックス構造とアキラルな有機色素分子であるクリスタルバイオレット(CV)を組み合わせた二重共鳴系を構築することで、電磁場によるキラリティ付与を実現し、ハイパーラマン光学活性の初めての観測に成功した。この構造系では、金ナノヘリックスが入射波長1,064 nmに共鳴し、CV分子が散乱波長532 nmに共鳴するよう設計されており、フェルミの黄金律に基づいて効率的な散乱プロセスが誘起される。CV分子は構造的にはアキラルであるが、実際には左回りおよび右回りの立体配座を取りうるため、「平均的にアキラル」な分子として挙動する。実験では、左回り(LCP)および右回り(RCP)の円偏光を照射し、その差分スペクトル(CID)を測定したところ、ナノヘリックスの巻き方向によってCIDの符号が反転することが明確に示された。さらに、試料を360度回転させてもこの符号が不変であることが確認され、これが内在的キラリティに起因することが強く示唆された。また、同様のCV分子を市販のアキラルSERS基板(Silmeco社製)に塗布して実験したところ、CID信号は観測されず、キラリティ転写の必要性が実証された。理論的には、ハイパーラマン散乱過程において、電気双極子(E1)、磁気双極子(M1)、電気四重極子(E2)による相互作用の交差項が重要な寄与をしていることが解析された。ナノヘリックスとCV分子との近接相互作用により、複合的な光―物質相互作用が生じ、これによりCIDが発生する。これらの多体相互作用を摂動論に基づいて解析することで、観測されたハイパーラマン光学活性の発現メカニズムが量子論的に裏付けられた。
Cobolt社製の532 nmレーザーは、CV分子の共鳴波長と一致しており、SERSおよびSEHRSにおける散乱波の検出に用いられた。本研究では、波長選択性が極めて高いこのレーザーを使用することで、精密な偏光制御と高感度な信号検出が可能となり、CIDの微小な違いを確実に捉えることができた。
論文で使用されたCoboltのレーザー
