Łucja Kipczak, Arka Karmakar, Magdalena Grzeszczyk, Róża Janiszewska, Tomasz Woźniak, Zhaolong Chen, Jan Pawłowski, Kenji Watanabe, Takashi Taniguchi, Adam Babiński, Maciej Koperski, Maciej R. Molas.
“Resonant Raman scattering of few layers CrBr3.” Scientific Reports 2024, 14, 7484. https://doi.org/10.1038/s41598-024-57622-w
背景
二次元層状構造をもつファンデルワールス(vdW)材料において、単層極限でも磁性を示すことが近年明らかとなり、次世代のスピントロニクスやナノエレクトロニクス分野における応用が期待されている。特に、CrBr₃をはじめとする三ハロゲン化クロム化合物(CrX₃, X=Cl, Br, I)は、単層において強磁性的なスピン結合を示すとともに、磁化の容易軸方向が材料によって異なる特性を持つことが知られている。CrBr₃はその中でも層間強磁性的結合を持ち、ラマン散乱(RS)による振動モードの検出や、結晶構造の同定に優れる材料である。振動モードと磁気秩序が結びついていることから、RSは磁気相転移の観察にも有効である。さらに、CrBr₃は、局在的な励起子(フレンケル型)を有し、光学吸収やRSの共鳴条件において顕著な振る舞いを示す。このような背景のもと、本研究では薄膜CrBr₃におけるレーザー励起エネルギー、温度、膜厚の変化に対する振動および磁気応答を詳細に解析することを目的とした。
※ファンデルワールス材料(van der Waals materials)**とは、層と層の間がこのファンデルワールス力によってゆるく結びついている材料を指す。代表例には以下がある:
・グラフェン(炭素の単原子層)
・CrBr₃、CrI₃、CrCl₃などの二次元磁性体
・MoS₂、WSe₂などの遷移金属ダイカルコゲナイド(TMDs)
従来技術の問題点
しかし、従来のCrBr₃に関する研究では、単一または限られた励起エネルギーによるラマン測定にとどまり、共鳴条件における電子励起とフォノンとの結合機構に関する系統的な解析が不足していた。特に、励起子との共鳴効果がどのようにRS強度や選択則に影響を与えるかについては明確な理解が得られておらず、また温度によるスピンフォノン結合やフェロ-パラ磁性転移の詳細な評価も限定的であった。膜厚依存性に関しても、層数とフォノンエネルギーの関係についての報告は散発的であり、原子層スケールでの共鳴効果に関する包括的理解が求められていた。
解決方法の提案と結果
そこで、本研究ではCrBr₃の薄膜試料に対し、1.96 eV、2.21 eV、2.41 eV、および3.06 eVの4種類の励起エネルギーを用いて、極低温(5 K)での共鳴ラマン散乱を測定した。12層のCrBr₃においては、3.06 eVの励起条件でRS強度が著しく増大し、これが電子間遷移との共鳴によるものと結論づけられた。共鳴状態では、Ag対称(面外振動)およびEg対称(面内振動)に分類される5つのフォノンモードが明瞭に観測され、第一原理計算によってその対称性も確認された。さらに、16層のCrBr₃フレークをhBNで封止した構造において温度依存性の測定を行い、50 K付近においてフォノンエネルギーの急激な赤方偏移が確認され、これがキュリー温度(TC)に対応する強磁性から常磁性への相転移と同定された。これにより、RSスペクトルにおけるエネルギーや強度の温度変化を用いて磁気相転移を高精度で評価できることが示された。膜厚依存性の解析では、3層から20層までのCrBr₃フレークを対象に測定を行い、フォノンエネルギーの顕著な変化は3–5層の薄膜領域に限られることが明らかとなった。これは、フレンケル励起子の強い空間局在性に起因し、共鳴ラマン応答が原子層スケールで顕著に変化することを示唆する。
なお、本研究ではCobolt社製のレーザー発振器(波長405 nm(3.06 eV)、515 nm(2.41 eV)、561 nm(2.21 eV))を使用し、CrBr₃の共鳴条件下における電子―フォノン結合の強度変化を解析する目的で用いた。これらのレーザーは共鳴状態のラマン散乱を誘起し、結晶内部の励起子状態とのエネルギー整合性を通じてRS強度を増大させる役割を果たした。